2014年02月20日

r el ati vi ty

ギターを弾く日々な

今日この頃


みなさんいかがお過ごしでしょうか?


カーリングって
氷上のチェスって言うんですね。
多分聞いたことあるんだろうけれど
将棋にたとえてしまいました

4+ですが

みなさんいかがお過ごしでしょうか?


そんなこともあるものです。


いろいろ同時進行しているのですが
いつも時間が足りないです。

こういうのは何度も書いたことあるのですが
どうやったら時間を増やすことができるかを

少し変わった観点から考えました。

相対性理論に則って
光の早さで移動しながらレコーディングやら作業をすれば
時間が伸びるのではないか
という考えです。

そうです、アインシュタインのやつですね。

光の早さで移動すると時間が延びるんですよね。
わたしの記憶が間違っていなければ
相対性理論では光が必ず一定の早さということを前提に
時間は伸び縮みするものらしいです。(そこにはジレンマも含まれますが。)

光の早さに近づく早さで移動すると
移動している方は移動していない方に比べて
時間がゆっくり進むのです。

ということは
光の早さでレコーディングをすればいいのではないかと考えたのです。
もちろん
ギターを光の早さで弾くこととは違います。
(どんな曲でも時間をかけずに一発でいいものが弾ければ、それはある意味光の早さかもしれませんが。)


光の早さで移動できる物体に乗って
その中でレコーディングすると

出発した場所に戻っていた時には
まだ時間は10分の一しか経っていない

なんてことが起こればいいですね。


なーんて思ったわけです。

光の早さで移動する物体がない今、
もちろんただ思っただけで
できるわけないことですが。


まぁもっときちんと時間管理をすることが大切なのでしょう。

ちなみに
相対性理論で考えていくとタイムマシンは可能な装置だそうですよ。
(いろいろと誤った解釈がありましたら失礼)




移動といえば
若かりし頃、わたしは
電車で移動するのが好きで(今でもそうですが)
電車で移動することは
人の成長に繋がる
と考えていました。
(新幹線はだめだと考えていました。早すぎなんですよね。混んでる電車ももちろんだめ。空いている各駅はかなりよい。なーんて考え。)


移動時間と距離が
自分を成長させるのではないかと
ちょっと考えていたのです。


一つの線でずっと先まで繋がっていて
それぞれの場所でそこに見える景色やそこに生活する人たちが
入れ替わりやってきては去っていく。


そういう特別な場所って
あんまりないような気がしたのです。

そのなかに身を委ねてゆったりと移動し
その先の土地で新しい経験をする。
きっとそういうことが人の成長を促すような気がしたのでしょう。


実家に帰ったり旅行はもちろんですが、新幹線などで行かずに
各駅停車でたとえば京都や吉野まで行ったこともあったりしました。


そんなときカフカの『城』を読んだら
同じようなこと(移動と成長について)
が冒頭に書いてあって
(現代とまったく時代が違うので電車もかなりゆっくり)
カフカもそういう考えがあったのだなー
とちょっとうれしいような変な気持ちになりました。


話はいろいろ飛びましたが


移動をするということと
時間を使うということと
経験をするということは

なにかしらのつながりがあるのかもしれないと

私はおもうわけです。



嗚呼、時間ってやつ、増えるといいな。
posted by yonpurasu at 19:10| essai | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする