2014年08月27日

みそ汁と横断歩道

ずいぶん前ですが
あるときテレビを垂れ流しにしていたら
料理が得意ではない主婦に料理家がその基本を教えにいく、
みたいな番組がありました。
ちょっと手厳しい料理家の先生がその人に自宅に行くみたいなもの。
それがレギュラーのものなのか単発なものかはわかりませんが
たまたまつけていたテレビで放送されていました。

そのときは基本も基本のみそ汁について。
みそ汁の作り方を先生が厳しく教え
わかりやすいくらい料理への知識のないのを表現しながら教えを請う主婦。
みそ汁を教えるというあまりに基本過ぎる番組であるがゆえ、それがまた厳しいという内容がため、
ちょっと見てしまったのですが
みそ汁を仕上げる最後の最後に
『醤油を一滴いれるんだよ。これは味と言うよりも愛情。家族への愛情』
と先生が言って醤油を一滴みそ汁に入れていました。

曲を作る時にも
その楽曲に大きな変化はないけれど、むしろ気がつかないであろうけれどきっと聴く人に楽しんでもらえると思って
時間をかけて仕掛けを作ることが多々あります。
例えば以前も言ったことがありますが歌録りのときにnorさんが傘をさしながら歌レコーディングしたり。(ま、これはかなり特殊な例ですが)

料理も音楽も
つくる
という根底の部分で同じものなのだなー
とふと思ったことがありました。



つい先日ですが
横断歩道を渡っていました。
ちょっと大きめの街道。結果横断歩道も少し長めになります。

そこに親子が来ました。見た感じお母さんと小学生のこども。
横断歩道からちょっと離れたところにあるコンビニから出てきて
横断歩道を渡りたかったのでしょう、歩道側が青になっているのを見て
お母さんが何かをこどもに言って走りはじめました。
ちょうどその時横断歩道の信号が点滅をはじめました。
二人は急ぎます。買い物袋を下げこどもに気を使いながら走る母親。それに続くこども。

私の横をすれ違っていったのですが、そのとき気付いたことがあります。

二人とも笑顔なのです。

走りながら笑っています。急いでいるのでちょっと苦しいはずなのに笑顔なのです。
みなさんも経験ないですか?横断歩道を渡らなくちゃ行けない時や駅に着くのが電車の発車時間ギリギリになったり。

その時、誰かといるとなんだか笑顔になりませんか?
一緒に、急いで目的地に着こうとするとなんだか笑顔になります。
けっこうな確率でそうなると思うんです。

一人じゃだめですよね。朝、通勤で駅に向かう人が慌てて走っている時の笑顔にはあまり会ったありません。(一人で走って笑顔だとまわりが少し怖い)
でも実際はなんだかわかりませんがたとえ朝の通勤に向かう時だったとしてもカップルのような人がいたとしてその人たちが慌てていたとしたらきっとその瞬間は笑顔のような気がします。たぶんだけど。そんなのを見たことがあるような気がします。

なんでなのかなーと思ったのですが
簡単に単純に考えると
そういうのって幸せなんだと思うんです。

一緒に何かをできるって
とても幸せなことなんだと。

それが横断歩道を信号が点滅しているときに急いで渡ろうとするだけのことでも。
その瞬間は記憶に残らなくても心の奥底にたまっていくものなんじゃないかと
普段の生活の時には感じない、ちょっとした緊張感や焦燥感、時間、空間をふと気にしたり経験をする時に
一緒に何かをしている感覚が生まれてくるのではないかと。

横断歩道で親子とすれ違う時にそんなことを感じ、あとで考えてみてそんなところに行き着いたわけです。



今日は少し、愛と幸せ、について、ほんのちょっとだけ考えてみました。
みそ汁では愛情、横断歩道では幸せ
について無知な私は少し学んだような気がしました。

人と話したり経験をすることで学ぶことも多いですが
自分とは関わりのない世の中にほんの少し目を向けてみるだけでも
何か感じ取れることがあるのかもしれません。

ちなみにですがみそ汁の番組を見てから私もみそ汁を作る時に最後に醤油を一滴入れるようになりました。
それはきっとたぶん自分への愛情。の巻。
一人寂しくみそ汁を作る時にふと思いついた話。
posted by yonpurasu at 12:32| essai | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする